Twist’N’Shout

忌野清志郎を始めとする『正統派日本語ロック』好きの大学生による音楽ブログ

桑田佳祐の視線の先に。~VICTOR STUDIO 401stで「がらくた」を聴いて~

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2017年8月30日水曜日。(本ブログは過去に執筆した記事です)

今日誕生日を迎えた僕は、20歳ながらサザンオールスターズ桑田佳祐が大好きだ。
自分の中では生涯このバンドから離れることはないと勝手に思っている。
聴く音楽に年齢は関係ないと思っているので「20歳ながら」という言い方はしたくないのだが、高校、大学に入学したとき、自己紹介でサザンが好きです!と話すと、たいていの人には渋いねと言われてしまう。僕からしたら、英語に聴こえてしまう洒落た歌詞、独特の歌声で、反骨精神のある曲からモテない男の恋の歌、不器用ながら精一杯人生を頑張っている僕にとってはすごく粋な歌だ。ただ友達は、ONE OK ROCK、back number、WANIMAといった今を時めくバンドを聴いており、僕も一応その世代で聴いたりもしているので、まぁ渋いと言われても仕方ないのはわかる。けれども、やっぱり自分の心の中にはここまでの人生で一番影響を与えてくれたのは桑田佳祐という一人の歌手であり、以前から彼や彼の音楽の奥底を探求してみたいという強い気持ちがあった。

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そんな僕に桑田佳祐の音楽性について考える良い機会が巡ってきた。

桑田佳祐 ニューアルバム 「がらくた」超先行!フライング試聴会』
(開催日:2017年8月7日)

運良く50名限定の抽選に当選した。
8月23日発売の桑田佳祐のニューアルバムを、世に出る前に聴けるのだ。試聴会の前日はROCK IN JAPAN FES.2017で桑田佳祐を始めとする多くのアーティストを観ることができ、ひたちなかで音楽を全身で楽しんでいたので、言ってみれば怒涛の2日間だった。
試聴会の集合場所は千駄ヶ谷にあるビクタースタジオのエントランスだ。集合時間に合わせて東京の雨の中、ビクタースタジオに歩いて行くと、サザンオールスターズキラーストリート」のジャケットにもなっているキラー通りが見える。サザンは来年デビュー40周年、桑田佳祐ソロでは今年で30周年ということもあり、デビューからずっとトップを走ってきた桑田佳祐は今、自身の音楽に対してどう考えているのか、そしてこれから彼の音楽は何処へ向かっていくのか、そのようなことを、イヤホンを耳にしつつ考えていた。

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集合場所のエントランスに到着すると、ビクタースタジオの綺麗なお姉さんに、中の待機場所に案内された。ビクタースタジオの中は、外の蒸し暑い空気感とは異なり、建物自体は新しいわけではないが、中を歩いているだけで音楽のプロ集団のための最先端スタジオという雰囲気が十分に伝わってくる場所だ。待機場所には人が既に何人か集まっており、スマホを見ている人から、落ち着かない様子できょろきょろしている人、桑田さんがPVで着ていた服を纏っている人、色んな人がいた。ある程度人数が集まると、整理番号順に整列させられ、エレベーターへと連れられた。試聴会の会場へと向かう。

着いた。「VICTOR STUDIO 401st」。サザン・桑田の数々の名曲が作られてきた場所である。ファンにとってこれ以上の聖地はない。3点吊りマイクシステム・可動式衝立といった最高のレコーディングをするための機器がそろっているこのスタジオは、ビクターに所属しているからここを利用できるというそんな簡単な話ではない。
今回曲を聴いたのは401stのコントロールルームだ。桑田さんは普段レコーディングをする際、いつもこの場所で音を聴いて曲のチェックしているからという粋な計らいだ。

七時半になり試聴会が始まった。

桑田佳祐の楽曲は、日本語なのに英語に聴こえてしまうような洒落た歌詞とジャンルを問わないメロディー、そして桑田さんのあの独特な歌声が特徴的である。サザンの「勝手にシンドバッド」では桑田さんが上裸になってステージを走り回り、客に水をかけたりして、本人が自分の音楽に陶酔していくところが本当にたまらない。あのめちゃくちゃな雰囲気で私は桑田佳祐の虜になってしまった。
サザンオールスターズはこの曲でデビューし、それ以来ずっと音楽界の第一線で活躍し、ソロでも「波乗りジョニー」「白い恋人達」といった大ヒット曲を出している。そんな桑田佳祐が今回ソロで出すアルバムが「がらくた」である。オリジナル・アルバムとしては約6年半ぶりの作品で15曲が含まれる。

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最初に述べたように、「このバンドの世代」と言えるように時代の音楽は常に変化しており、音楽市場も厚みを増している。そんな時代の変化に対して桑田さんは、自分はジジイだと自虐ネタでライブのMCでは客を笑わしているが、そんなことを言いつつも、彼は時代に対応した自分にしか歌えない曲を作っている。

そんな桑田さんの気持ちを色濃く表しているのが「過ぎ去りし日々(ゴーイング・ダウン)」だ。これはアルバムの一曲目であるが、試聴会ではイントロからにやけてしまった。これは確実に、これからのライブでは核になっていくと思ってしまうようなロックンロールだからだ。

≪うらぶれ Going down /さらば「全盛期(あの日)」のブーム/今ではBack in town/独りLonely room/腰ふり歌うは いなせなロックンロール/日に日にダメんなって/来たんじゃない!?≫

≪その名もTOP OF THE POPS/栄光のヒストリー/今ではONE OK ROCK/妬むジェラシー/女(オナゴ)のベッド 揺られてホンキートンク/あの頃はサマになって/フィーリング・グッド≫

桑田さんはよく昔に戻りたいだのKUWATA BANDの頃は良かったとよく言っているが、聴く側としては全くそんなことを感じさせないパワーがあり、曲が流行りの大衆音楽に対抗している。この歌のファンタジーはおそらく桑田さん自身のことを歌っていると思われるが、時代遅れの自分を歌った少し悲観的な歌詞と、彼にしか表現できない力強いメロディーだ。歌詞とメロディーが矛盾している。しかし、サビではこう歌う。

≪I’m gonna make you smile/Don’t you cry/鏡の向こうの友よ≫
≪I’m gonna let you fly/Space and Time/宇宙(そら)の彼方まで/Singin’ Pop Pop Pop Pop≫

≪鏡の向こうの友よ≫から分かるように、この歌詞の主人公は鏡に向かって自分に言い聞かせている。歌詞だけから想像してみると少し弱そうなロックンロールヒーローに見えるが、曲を聴くとすごい力を持ってそうだ。こっちまで頑張ろうという気持ちになれる。
桑田佳祐のルーツの洋楽っぽさがあるこの曲を聴くと、桑田さんのいつものMCは、やっぱり冗談だったんだなとなぜか安心させてくれる。

また、昨年シングルで発売された「ヨシ子さん」桑田佳祐の挑戦的な姿勢を示しており、アルバムでメインといっても過言ではない曲だ。この曲は最近のライブでは本編ラストを飾る曲で、初めて「ヨシ子さん」を聴いた人は、この曲が一番盛り上がるところで歌われていると聞けば驚くだろう。ラテン風?とにかくカオスで独特の世界観があり、ライブでダンサーの佐藤郁実さんが演じるヨシ子さんがステージ上を練り歩き、その表現力で世界観をさらにイメージづけている。

≪EDM≫≪サブスクリプション≫≪ナガオカ針≫≪エロ本≫

≪「ブラックスター」でボウイさんが別れを告げた≫

聴けば聴くほどはまっていくこの曲だが、変わりゆく時代観やエロスについてキーワードと呼べるような言葉を歌詞に取り入れ、言葉遊びをしている。ここまでのキャリアを持つ歌手が、ここにきて今までとは違うタイトルやメロディーで勝負をし、音楽番組でも放送コードギリギリのパフォーマンスをしているのがなんともカッコいい。曲が若手のアーティストや世間に対して挑戦しているようにも思えるが、本当は今の時代背景を投げつつ、このアヴァンギャルド的楽曲で桑田さんが遊んで楽しんでいるという表現の方が正しいかもしれない。
試聴会でのアルバムの舞台は、渋谷で「大河の一滴」に浸り、「簪/かんざし」が流れるバーに移る。一つ一つの「がらくた」が曲の進む度に輝きを増していく。これまでに聴いたことのないぐらい高音質の環境の中、コントロールルームのスピーカーからはっきり聴こえてくる桑田さんの息を吸う音を聴くとまるで本人が目の前にいるかのように錯覚してしまう。

バーを後にし、なんとか終電に乗れそうだ。次は「愛のささくれ~Nobody loves me」だ。

桑田佳祐の恋愛観を歌にしたときにも非常に魅力がある。

≪邪魔すんなモーニング・サンシャイン/流れる血と汗(Blood & Sweat)/張り裂けそうな前のボタン/この気持ち分かってよ≫

≪Oh, Never leave me/真剣なのに/あんなに無理して呑ませておだてて/口説いてたのに≫

個人的に純粋なラブソングよりこの曲の方が共感できる人が多いのではないかと思ってしまう。「妄想のような恋」「欲望」「セックス」、桑田佳祐の曲にあるのはリアルそのものだ。野暮で情けない男、つまり彼自身の恋愛模様を歌っているので、すごく共感できるし、人生の汚いエゴな部分まで良いと思えるようになってしまう。自分の人生を音楽で切り取ることで良いものにできる桑田さんの曲は僕の青春の一部になっている。
他にも、R&B的曲調で去年の年越しライブでも印象的だった「Yin Yang(イヤン)」、フラれた野暮な男の切なく、やるせない気持ちを歌っている「オアシスと果樹園」「あなたの夢を見ています」も桑田佳祐独自の言霊でそれぞれ異なる世界観がある。

そんなアルバムのタイトルだが、「TOP OF THE POPS」「ROCK AND ROLL HERO」「MUSIC MAN」といった過去のアルバムと比較すると、今回は「がらくた」だ。
この「がらくた」はポール・マッカートニーの「Junk」というアルバムにインスパイアされてつけたタイトルらしいのだが、桑田さんはここでの楽曲を「小品」に例えていた。確かにこのアルバムには、ロックンロール、R&B、歌謡曲、バラード、ヒップホップ、ポップミュージックといったように、小品だと小さすぎる気はするが、料亭に出てくる何種類もの料理が小さなお皿にのって運ばれてくる、とても美味なものを想像してしまう。ただ、「がらくた」とはそんなコース料理ほど綺麗な物ではない。タイトル名の由来は、「がらくた」にこそ本当の輝きがあるからというような気持ちが込められている気もしなくはないが、むしろ、前のアルバムほどのデカいタイトルは付けたくないという桑田さんの照れ隠しじゃないかというのがファンとして正直に思っていることだ。
(真相は今月のROCKIN’ON JAPAN渋谷陽一さんがインタビューで解き明かしてくれていると思います。笑)

また、今回のアルバム制作では、少人数制のレコーディングで行い、今までは作曲した後に歌詞を付け加えるという曲の作り方をしていたが、曲によっては歌詞を先に作ったり、日本語しか使わないというような新たな試みもしている。
特に印象に残った曲が「ほととぎす[杜鵑草]」。人生の儚いロマンスについて歌った曲だ。

≪逢いたくて 恋しくて/あなたと共に添い遂げて/もし夢が叶うなら/生まれ変われますように≫

恋について歌っているように思えるが、そこには≪あなたと共に添い遂げて≫≪生まれ変われますように≫と近くに「死」の存在があるように感じた。バラードだが、決して定番の曲のように盛り上がるわけでもなく落ち着いた曲調が尚更そのことについて考えさせられてしまう。

前作のオリジナル・アルバム「MUSIC MAN」では制作途中で桑田さんにがんが発見され、制作中断になったため、桑田さん自身病気を完全に乗り越えたうえで制作した桑田佳祐としてのアルバムはこれが最初である。病気は早期発見されたため、大事には至らなかったが、ここで絶対感じたであろう「死」から人生観というものがかなり変わっただろうし、そのことが曲にも影響しているように思える。

≪あなたがいつも笑顔でありますように/たった一言の「お元気で」≫

このことはラジオ等のメディアでも言及していたが、以前なら英語で片してしまう歌詞を日本語で表現しているということだ。このことにより聴き手にはっきり伝わるメッセージ性の込められた曲になった。これはこれまでのソロのオリジナル・アルバムとの違いの一つでもあると思う。今までは洒落た歌詞と言われたものが、日本語の歌詞に重点を置くことで、今まで伝わらなかった桑田さんの気持ちがおもしろいぐらいに伝わってくる。日本人歌手・ロックンローラーとして、音楽の本質を突くのはやはり「日本語」である。言葉を伝えるという意識の変化を持った桑田佳祐の音楽をこれからさらに聴いてみたいとい気持ちでいっぱいだ。

≪星の瞬きより儚い人生(いのち)と/君と出会って覚えた/砂の粒より小さな運命(さだめ)忍んで/繋ぎ合った手を離して≫

僕もこれからの人生、愛する人との時間を大切にし、前を向いて歩いて生きたい。

≪振り向かないで 未来へ≫

≪見つめ合った日は帰らず≫
全曲が終了した後、アンケートを書く時間があった。

アンケートの中に、このアルバムを一言で表すとしたらという質問があった。こんなに難しいアンケートに答えるのは多分初めてだったと思う。僕は「これから自分の人生に寄り添ってくれるアルバム」と書いた。その時はそのありきたりの答えを恥じたし、隣の人に見られたくなかったのでアンケートを少し手で隠しながら書いた。しかし、今考えてみれば、とても良い答えを書けたような気がする。既にこのアルバムは自分に寄り添ってくれているからだ。これが音楽との一番良い付き合い方な気がする。

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アンケートには感想欄もあった。「これからこの『がらくた』は人生を通して今思っていることとどのように変化していくのか。それが楽しみです。」と書かせてもらった。これから好きになっていく人や結婚する人、仕事での成功に挫折、出会いと別れを繰り返す中で「がらくた」を聴くことで、アルバムの「がらくた」たちも輝きを増していき、変化していく。それに伴い自分も成長していく。

「がらくた」のレポートはこれからも続いていくということだ。
外に出ると、東京の雨は止んでいた。振り向くと雨上がりのキラーストリートが見える。

桑田佳祐キラーストリートの遠い先をどのように眺めているのだろう。彼の遠い視線の先に何が映っているのかは誰にも分からない。次はその答えを探しに、ツアーに桑田佳祐という一人の人間を観に行こう。答えは歌の中にあるはずだ。

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